金田一耕助の事件簿016
｢人面瘡｣という腫瘍と｢夢遊病｣という精神疾患
「人面瘡」（横溝正史）
（「不死蝶」）角川文庫
「人面瘡」（横溝正史）
（「人面瘡」）角川文庫
｢わたしは、妹を
二度殺しました｣という
不可解な遺書を残して
自殺を図った松代。
彼女の脇の下には
おぞましい人面瘡が現れていた。
松代は命を取り留めるが、
その妹･由紀子が死体で発見される。
夢遊病の松代を
目撃した金田一は…。
｢人面瘡｣という
いかにもおどろおどろしい腫瘍と、
｢夢遊病｣という
近代ミステリーにしばしば登場する
精神疾患の二つを
持ち合わせてしまった美女･松代。
当然、これら二つが
本作品の読みどころであることは
間違いありません。
横溝正史の金田一シリーズ｢人面瘡｣は、
中篇ながら、
濃厚な味わいの作品となっています。
【事件簿File-016｢人面瘡｣】
〔事件発生〕
昭和24年(岡山県)
〔依頼人〕
該当者なし
※磯川警部との静養先で事件発生、
そのまま警察(磯川警部)へ捜査協力
〔捜査関係者〕
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
福田松代
…温泉｢薬師の湯｣の女中。夢遊病。
腋の下に人面瘡あり。
自殺未遂を図る。
福田由紀子
…｢薬師の湯｣の女中。松代の妹。
遺体で発見される。
貞二
…｢薬師の湯｣の若旦那。
松代と婚約しているが、
由紀子と関係を持っている。
お柳
…｢薬師の湯｣の御隠居。貞二の母。
松代を気に入っている。
万造
…｢薬師の湯｣使用人。
田代啓吉
…顔に大火傷を負っている男。
葉山譲治
…松代の婚約者だったが、空襲で死亡。
本作品の味わいどころ①
人面瘡という腫瘍
｢人面瘡｣は由利先生シリーズの
｢夜光虫｣にも登場した
ホラー･アイテムです。
中国の怪談などでは
人面瘡が口を開いて歌を歌うなど、
そこに人格が宿るようなものも
散見されます。
本作品の｢人面瘡｣は
純粋な腫瘍なのですが、
終末部に科学的かつ
ロマンチックな解釈を
金田一が付け加え、
短篇である本作品に
深い奥行きが加わっています。
松代はなぜ妹の由紀子に
大きな罪の意識を感じているのかが
本作品の一つの
謎になっているのですが、
金田一の解釈はそれに明快な解を
与えている意味でも重要です。
なお、この解き明かしには、
手塚治虫の漫画｢ブラックジャック｣の
ピノコを連想してしまいました
(みなさん、わかりますか)。
本作品の味わいどころ②
夢遊病という精神疾患
｢夢遊病｣は
おなじ金田一シリーズの｢夜歩く｣や
人形佐七捕物帳｢夜歩き娘｣、
ノン･シリーズの｢妖説血屋敷｣など
横溝が幅広く使っているネタです。
夢遊病と気づかずに犯した殺人や、
夢遊病患者になりすました犯罪など、
夢遊病を素材とした作品を、
横溝や乱歩は
いくつも創りあげています。
今回の特徴は、金田一自身が
松代の夢遊病の状態を直接
目撃しているということでしょうか。
多くの作品の場合、
夢遊病状態を誰も見ていないために、
トリックとして使用されるのです。
では、本作品の｢夢遊病｣は
どういう形で使われているのか、
読んで確かめてください。
本作品の読みどころ③
後味の悪くない結末
短篇ながら、横溝らしい
おどろおどろしい雰囲気に包まれた
作品です。
山間のひなびた温泉宿、
人面瘡というおぞましい腫瘍、
夢遊病というホラーな疾病、
｢稚児が淵｣という
何やらいわくのありそうな地名、
｢妹を二度殺しました｣という
奇妙な遺書、
淫蕩な妹･由紀子の存在、
顔半分が焼けただれた男、
どう考えても
陰惨な事件にしか思えません。
こうしたおどろおどろしい作品の場合、
得てして後味の悪い結末を
迎えるものですが、
本作品は救いが見られます。
主人公･松代と
道を踏み外しかけた貞二の男女に
幸せが訪れたことが記され、
横溝作品らしからぬ
爽やかな余韻を持って
物語は幕を閉じます。
これも松代の人面瘡に対する
金田一の解釈の賜なのですが。
過去の作品の改作癖のある横溝です。
もう少し創作の時間が
横溝に与えられていたならば、
中編や長編への改作が試みられた
可能性のある作品といえましょう。
それだけ完成度が高く、
感銘深い作品なのです。
最も本作品自体が、
原形作品を邂逅･加筆した結果生まれた
作品なのです(原形作品は金田一が
登場しないノン･シリーズ･作品)。
秋の夜長に横溝ミステリーは
いかがですか。
（2018.9.25）
〔追記〕
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〔本作品の原形作品〕
〔角川文庫｢人面瘡｣〕
眠れる花嫁
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蜃気楼島の情熱
蝙蝠と蛞蝓
人面瘡
〔横溝ミステリはいかが〕
〔角川文庫：横溝正史シリーズ〕
〔谷崎潤一郎も素材にしています〕
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